FC2ブログ
逃走 TOP  >  スポンサー広告 >  日々の出来事とか雑感とか >  攻殻

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

攻殻



最近は一週間に一度くらいは日記を書こう!と思ってるんだけど、特に書くこともないのでアニメの感想とか書きます。

 ようやく押井守の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』を観た。面白かった。

 「主人公」の素子は体は全身義体化で唯一脳殻だけは生身。作中で言及されるGHOSTっていうのは意志とかそんなものだと思うのだけれど、アンドロイドと人間を隔てるのはGHOSTがあるか否か、つまり脳殻の存在が人間を人間たらしめているのだ思う。

私みたいに全身を義体化したサイボーグなら誰でも考えるわ。もしかしたら自分はとっくに死んじゃってて、今の自分は電脳と義体で構成された模擬人格なんじゃないかって。いえそもそも初めから<私>なんてものは存在しなかったんじゃないかって。

 作品の内容としては「人形使い」と呼ばれる「何者か」が他人の脳をハッキングして事件を起こしていく。この「人形使い」ってのが実は人間でなくプログラムが暴走したもので、意志を持ち自分を知的生命体だと主張する。
要するに、こうなってくると人間とアンドロイドの区別付かないけど生命ってなんだろうね何をもって人間と言えるんだろうねってのが一つの重要なテーマ。だと解釈してる。

単なる自己保存のプログラムに過ぎん!

それを言うならあなたたちのDNAもまた、自己保存のためのプログラムに過ぎない
・・・・・・生命とは、情報の流れの中に生まれた結節点のようなものだ
種としての生命は、遺伝子という記憶システムを持ち
人はただ記憶によって個人たり得る
たとえ記憶が幻の同義語であったとしても、人は記憶によって生きるものだ
コンピューターの普及が、記憶の外部化を可能にした時
あなたたちはその意味を、もっと真剣に考えるべきだった

(中略)

AIではない
・・・・・・私のコードは、プロジェクト2501
私は情報の海で発生した生命体だ

 デカルトの「我思うゆえに我あり」的な主観主義ではこの問いを答えることができないのではないかと思う。主観主義だと、プログラムが意志を持つのだとしたら(これがあり得るかは分からないけど)そのプログラムも生命だと言えちゃうんじゃないか。
 もちろんそれはそれでいいのかもしれない。人間の尊厳とかなくて、人間もプログラムも同一に扱う。現実的に考えて法的な問題がややこしくなるけど、可能なら別にそれで良い気もする。そうなった社会が望ましいものかは分からないけれど。
 人間の尊厳を保つ、よりよく「生きる」ということを前提におくならば、先のように主観主義をとっては問題を解くことはできない。そこで西田幾多郎の「絶対無」や「場所」の概念が必要になってくるような気がするんですけどよく分かりませんごめんなさい。この辺りの関連は考察されてそうだなと思ったんだけどググっても一発もヒットしなかったので僕の読み間違いかもしれない。とりあえずもっと勉強しないといけないと思った。

 関係ないけどあずまんと神山健治(TVアニメ版の監督)との対談で、『攻殻』よりも『パト2』のほうが好きだったと二人とも言ってたけど、僕も『パト2』のほうが好き。


戦闘単位として、どんなに優秀でも
同じ規格品で構成されたシステムは、どこかに致命的な欠陥を持つことになるわ
組織も人間も同じ
特殊化の果てにあるのは、ゆるやかな死・・・・・・
それだけよ
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

FC2カウンター
プロフィール

モリゾー解体

Author:モリゾー解体
もりぷぅだよ

カレンダー
12 | 2019/01 | 02
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最近のトラックバック


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。